2013年01月06日

家計簿の話。

嫁サンが新年から家計簿をつけ始めているらしい。
(しかも、小遣いでの一括支出ではなく、細かくチェックされてる状態。)
当然お金の流れもクリアにしなきゃならんわけで…コーヒー代や交際費を含め
支出に関して承認を得ることになりそう。

まあ、今まで共働きなのを良いことに自由過ぎたといえばそれまでなんだけど…
時間的に無理が無さそうなイベントでも取捨選択をしていく必要がありそうだし、
元々多くないとはいえ、今までと同じペースで外での飲み会もできなさそうなので
昼間に会ったり、自宅で飲んだりという方法へとシフトしていく必要があるかなと。

幸いにして今年に関しては、簿記2級を取るという目標と、新年一発目にすっ転んだ案件があったので、
勉強課題に関しては事欠かさないわけだけど…それ以外の読書会、自転車、カラオケに関して
1ヶ月に1つ参加出来るかどうかだろうか、と。

これだけお金の用途を押さえられてるにも関わらず、毎日ランチを外で食べている事に関して…
(周囲は個人経営ばかりで、800円近く掛かってしまうし。)

今の勤務先には食堂がなく、かといって各自の机で食べる人も居ないので、
外食をしない場合、長テーブルを並べられた食事スペースで食べることになるわけだけど、
折り合いの悪い方が居たり、耳にしたことを「どんなことでも」「出所を明らかに」周りに何でも話してしまう方が居たりで…
まあ、要するに「特定の方との接点を減らしたい」という意図があり、外食に走っていると。
(ちなみに、総合職はほぼ外食という感じ。外で食べる分に関しては縛りや強制は無かったり。)

事情を話した相手によれば「まだまだ甘い」「必死になっていない」そうなのだけど、
やはり外回りもなく、出張はもちろん異動もまず無さそうな状態であるわけで…
特に周囲との間に波風を立てないようにすることに関しては、気を使っても使いすぎることは無いよなぁ、と。

異を唱えないということは、今の状況を納得して受け入れていることに他ならないけど、
どうにか状況を変えれれば良いのだが。。とりあえず、ダイエットの件もあるし、
コンビニおにぎり2つを店先で食べて、それで夜まで持つか実験してみようか。
posted by shunsuke at 22:09| 愛知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月03日

元旦初売。

例年、大晦日といえば、6時閉店の嫁サンを館周辺で拾って、
中津川にて年越し、元旦にはおばあちゃんの入所している施設を訪れるというのが
定番だったのだけど、今年は嫁さんが身重なので、帰省はなし。
それに伴って仕事も有休期間に入っているので…「10年ぶりにゆっくりできる年末年始」だったそうな。

ここだけの話、レンタカーでスタッドレスタイヤを付けようとすると、
かなり料金が上乗せされたり、時間の融通が効くジャパレンではワゴン以上からだったりして、
毎年探すのが大変だったので…その点でも安心していたり。東濃は勿論、
意外と愛知県内の小牧JCT周辺が雪降ったりするから…そこは節約できないポイントだったし。

んで、家でおせちを食べて、家族で市内のモールへと行き…嫁サンとお母さんは赤ちゃんグッズのお店、
男2人は電化製品他を見ながらノンビリ話していたんだけど…
今回は生活費や、嫁サンが産まれてからの話など、少し踏み込んで話が出来て、自分的には良かったなと。

自分的には誰に対してももう少し「タイムラグ」や「沈黙」に耐えられるようにならなきゃ、という
課題を見出した元旦であったなぁ、と。そして、このところ嫁サンと買い物を共にするのは食料品くらいだったけど、
基本的に女性が買い物に掛ける時間は、男性のそれと同様「ではない」ことも再確認、と。


そういえば、春から車探しを続けていたんだけど、ようやく軽トールワゴンを購入。
「自転車を載せたい」っていう自分の希望と、「ペーパー歴が長い」嫁サンの状況を
うまく汲むことができたかなと。色に関しては徹底的に嫁サンの意向に沿うようにしたつもり。

自転車でも何でもそうだけど、「見た目が気に入るかどうか」って、その後の活用の幅にかなり差が出てくると思うし、、、と。 
posted by shunsuke at 00:06| 愛知 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月24日

妊娠あれこれ。

今までブログには書いていなかったのだけど、現在ヨメさんが妊娠9ヶ月だったり。
結婚に関しては採用面接中から話していたりしたから入籍→挙式披露宴まではまあスムーズだったのだけど、
妊娠となるとまた勝手が違ってて。

というのも、妊娠検査薬で陽性反応が出たとしてもすぐに周りに言えるようなものでもなく、
5ヶ月くらいになってようやく「安定期」に入るらしく、そこまでは流産リスクが高いとか。
ヨメさんにとってもナイーブな日々が続いてて、当然その段階では周りには言えず。
5ヶ月を迎えたと思ったら今度はつわりが酷く…具体的には室内や野外の「匂い」に凄く敏感になっていたなぁ、と。

上司によって「通知時期」がずれるのもアレだし、「人伝い」「うわさで」というのは良くないし、
かといって昼飯帰りに雑談交じりで報告するのもちょっと…ということで、
半期に一度ある採用面接で、部内の上長みんなにまとめて報告しようと決定。
ネットは会社の人にも繋がってるし、うっかり社内の誰かに話したら「誰にどう広まっても文句は言えない」わけで、
面談の日が来るまでどれだけニアな話題になっても、妊娠の事は話さなかったっけかな、と。

自分自身、他の人のなんてことない表現でも、自分に余裕がなかったりするとムッとした気持ちになったりするし、
この話題に関しては特に気をつけないと、とは今でも思っていたり。まあ、社内の同年代に関しても
「社内報で初めて知った」というケースは多いし、逆に言えばその時になれば全員に知れ渡るわけだけど…
とりあえず、予定通り面談の場で報告ができたので、安心してここに書けて良かったな、と。


先日は産婦人科の「パパママ教室」というものに夫婦で初めて参加してきた。
他の7組くらいの夫婦と一緒に抱っこの仕方、入浴の仕方、オムツの替え方に
グループを1/2に分けた上でさらに男女で分けて、「陣痛を迎えたときに何をするか(してもらいたいか)」
なんていうグループワークなどなど。始まるまでは「自動車教習所のかったるい人工呼吸教習」
などを想像していたけど、蓋を開けてみるとリラックスした雰囲気で、なかなかに楽しかった。

自分より全然年上の男性や、自分も対人関係に慣れているとは言い難いけど、それよりおどおどしている人や、
里帰り出産なのか、わざわざ神奈川県から来ている夫婦などもおり…こう、警戒よりは親しみをもって接することができたかな、と。

あと「妊婦体験」とかって、何キロもするような重りを身にまとって階段の上り下りや
軽い動作をさせられる時間もあったんだけど…単純な重さ以上に、足元の視界がこれほど遮られるとは思わなかった。
実際のところでは、こう、お腹に圧力を掛けた動作はもっと出来ないだろうし…
「駅まで歩くのが一苦労」って言葉が本当によく理解できた。笑
posted by shunsuke at 22:02| 愛知 ☀| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月02日

カロリー摂取量を減らさないといけない話。

ここ最近会う人に、ふっくらしてきたことを指摘されてたりしたんだが、
今日健康診断を経て、体重が急激に増加していたので軽く泣きたい気分になった。
わずか半年でここまで…というか、ぶっちゃけるとわずか数ヶ月で
間食しまくり深夜残業しまくり一日4食の前職で一番末期だったころ以上である。

これはかなり緊急の事態なのでは…と思いつつ、まずは原因を探ってみようかと。
30代になったから、ということは理由には含めたくないけれども。

6月くらいからヨメさんやお互いが遅かったり何なりで、自分がクックドゥを用いたり、
弁当買ってきたりが確かに多かったけど…よく考えると野菜が極端に不足していたように思う。
スタミナが一日持たない→カロリー摂取で繋ぐ、の悪循環に陥っていたのではと。

そして自転車に関しても、自走で浜松だ本巣だに行っていた去年に比べて
割とアップダウン重視というか、名古屋近郊を走っていたような気がするし…
少し有酸素運動の度合いが足りなかったのか、と。

嫁さんも「鍋やらで野菜を増やして頑張ろう」と言ってはくれているけれども、
まずはカラダを苛めることを以前のペースに戻したいなと。
この話題を記事にする時点で恥も外聞もあったもんじゃないので、軌跡を付けていければ
少しはモチベーションにも繋がるのかな、と。

そして輪行袋も買い直そうかと。
posted by shunsuke at 20:18| 愛知 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月23日

そこにある、という事

先日、大学時代からの友人結婚式に嫁サンと共に参加してきた。彼との間には
(どこからでも閲覧できるこの場所には)なかなかストレートに書けないこともあるんだが、
主に共通の友人との濃い出会いや別れを繰り返しながらも、「今」の姿として…
お互いが此処に根を下ろしているということは確かだよなぁ、と。

自分らも含めた新郎側の友人は中高・大学・そして名古屋時代と、さまざまな場面から集まっていて
ここだけの話二次会で「彼の人物像」に関する話題になった場面があり、非常にぶれがないのが面白かった。
飄々とした一面と、義理固い一面の同居については複数の人が話していたような気がするけど、
あの親しみに溢れたメンツを見る限り、やっぱり何だかんだ言って身近なものを大事にしてきたんだろうなぁ、と。

奥さんに関してはそれがさらに顕著で、凄く温かい印象を抱いたのであった。
直面していることがありつつも大事なものを見失わなかった結果が、あの笑顔と
姉妹・親族・同級生・元同僚と、みんなからの熱い祝福だったのかな、と。

毎度毎度こういう時は「自分はどうか」ということを考えてしまうわけだけど…

結婚式の数日後、それよりさらに古い知り合いが急遽名古屋を訪れてきたという事があった。
しかも向こうを夜に出発して、翌朝には戻っていないといけないという超強行スケジュールで;

「変わっていないなぁ」「お前が一番変わっていないよ」などというやり取りから
動画を観たり写真を見たり…無論強行軍の目当ても果たしつつ。合間に自分の口から
「こっちではTVKのハウジングやベイ(スターズ)のCMが見れないのが悲しい」などと共に
「実家を出てきてから、向こうで気軽に会えることや、行ける場所があったことを痛感する日々」
だなんて言葉が出てきて、恐らく紛れも無い本心だろうなぁ、と。

んでも「遊びに来た時は連絡寄こせ。皆で会おうぜ」などと言って貰えて、
夜中だからテンションが高かったのか何なのか、結構じーんと来てたような気が。
今考えてみると、目の前の事やら新しいことやらに夢中になりすぎて、自分の周りからの
旧来の友人に目もくれなかったような気がしないでもないけど、それはそこにずっと存在し続けていて、
自分という存在を20年近くも認識し続けてくれたんだなぁ。。

物理的な距離が出来て、良かったことも勿論あるけど、距離を理由にせずに…
何というか、まだまだ諦めるのは早いのかな、と。
posted by shunsuke at 00:23| 愛知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月11日

アピールと報告の差って何だろうか、と。

最近めっきりブログを書かなくなったけど、
いつの間にかYOUTUBE動画なんかを貼り付けられる仕様になっていてびっくり。
最近ミクシィで呟きを乱発しすぎたような気もするし、こちらでじっくり文章を考えてみるのもアリかなと。

タイトルに関して、発信主ではなく受け手の心情によって決められるんじゃないか、というのが
今感じる答えなんだけど…
ネガティブイメージとして用いられる「忙しいアピール」「幸せアピール」「友達アピール」以外にも
「自己アピール」なんてのもあったように思う。けど、就職活動や転職活動では別段
素晴らしい体験や能力などを相手に伝えるような場は無かったんではないかなぁ・・・と。

営業に限らず、面接の場では「応酬話法」が見られているような気がした。
「あなたの弱みは何ですか?」を始めとした、メリットを伝えるという意義から外れた部分を
突かれたときに、すぐに分かりやすい答えをその場で発することができたか、とか、
さすがに役員には通用しなかったけど、初対面の人事の人とは世間話で盛り上がることが出来たら
大抵次に進めたりとか…自分が手ごたえを感じたのって常に「キャッチボール」があったなぁ、と。

面と向かっての場合、まだ相手の反応を意識できるから楽なのだが、
ブログやメール、手紙などは難しいと思っていたりする。自分が普通に書いたことが
嫌味や何かしらへの遠まわしな批判などに捉えられるのは嫌だし・・・逆もあるもんなぁ、と。

わざわざ人に話すでもない、「昔達成できなかったこと」がモロに示されている報告文章を
(ミクシィやら今の親しい友人ではないけど)見たときに、複雑な気分になったしなぁ、と。
まだまだ「心の広い」人間への道のりは遠いようで。
posted by shunsuke at 21:52| 愛知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月14日

便座設置はDIYに含まれるのかどうか。

先日、会社の先輩から「新品のウォシュレットをあげるよ」という内線を頂き、
ウォシュレットの仕組み自体をよく分かってなかったので、色々と検索して、
我が家にあるような昔ながらの洋式なら、大抵どれでも設置可能だということが分かり、
とりあえず「お願いします」の内線。そして休みの日に車で貰って帰ってきた。

前に住んでいたマンションでお風呂の蛇口内部パーツが壊れて
水が出っぱなしになったので、水道の元栓を閉めたら上の階も断水した、なんていう
エピソードがあったので、集合住宅で元栓を閉めるのにどうも抵抗があり…
先月食器乾燥機の設置に伴う、分岐水栓の設置には業者を頼んだ。
(この件で相談したら、水漏れしたら賠償ものだから、大人しく間に業者通せ、との事だったし)
紹介だったので工賃はお値打ちだったんだろうと思うけど、それでも結構高かった。
使っている金具はアーレンキーとモンキーだけだったので、やり方さえ分かれば
自分でも行けなくは無いんじゃないか、そう思ってた矢先のウォシュレットと。

今回使用した工具はいつも使っているミニモンキーレンチに
マイナスドライバー、バケツのみ。

まず最初から備わっていた便座を取り外し、掃除して
マイナスドライバーで止水栓を閉じようとしたら…何とドライバーが折れてしまった。笑
仕方が無いので、上記のようなトラウマがありつつも水道を止める。
一応何回か流してタンクを空にする。

下にバケツを待機させつつ、モンキーで金具を外して中に溜まっていた水を出す。
ウォシュレットからのホースと分岐金具を止水栓に繋ぎ、タンクとのホースをそこに連結。
レンチで十分に締めて、元栓を開けて、ウォシュレットの通電、タンクへの通水テスト。

…ここまでは順調だったのだけど、タンクとホースとの繋ぎ目から、
水滴がかなりの勢いで垂れてくる。タンク内部のタップを強く掴んで、
レンチでこれ以上無いくらい強く回したら。。。なんと金具が割れてしまった。
噴水のように水が破断面から噴出してくるので、慌ててバケツで受けつつ、
嫁サンにその旨を伝えて、外の元栓を閉めてもらった。水も止まってほっと一安心。

もしホースが暴れていたら、バケツを設置していなかったら、一人で作業していたら…など
偶然が重なって水浸しを防げたわけで、まさにヒヤリハットだわなぁ、と。

仕方が無いから従来どおりの配線に戻し、ウォシュレット機能のみ使えない状態で作業終了。
amazonでホースを頼んで、先ほどセットし終えたところ。だけど、
数日間は外出時に元栓閉めるか、下にバケツをセットしておきたい気分だわな、と。

次はもう少し簡単なことに取り組みたいところ。
posted by shunsuke at 21:22| 愛知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月16日

引っ越し。

実は9月末くらいからずっと引っ越しに追われていた。
この春から嫁サンの実家に一本で帰れる中央線沿いで物件を探していたわけで…
今の最寄り駅近くにある不動産屋に連れていったら、何とその日に即決。
急ぎ引っ越しに取り掛かるハメに。
(というか、自分ひとりでさんざん不動産屋を見て回ったんだけど、女性が居ると
紹介される物件のクオリティが全然違うように思えたんだが、偶然だろうかw)

数年前、わずかな着替えと自転車だけを持って名古屋に来てから、
随分と私物も増えてきたし、引っ越し先は1階じゃないし、
何より冷蔵庫・ベッド・ソファがあったので…今度は自力を諦めて、業者に頼むことに。
やはりダンボールを用意してもらうとそれだけでかなり楽だったなぁ。
引っ越し業者からは「お2人して慣れてますね」と言われたのだけど、
まあ、これだけ退店作業とかやってくれば少しは鍛えられるものもあっただろうなぁ、と。

色んな意味で、前の仕事もそれはそれで役に立っているように思う。
良い意味で用心深くなったし。今回の引っ越しにおいても、
さんざん電話掛けて進捗確認していたにも関わらず、先方に送った
インターネット工事書類が2週間ほったらかしだったり、冷蔵庫設置時に壁紙が剥がれていたり、
ネット開設とガス開設とエアコン工事と市役所手続き・免許住所更新を
カギを受け取った当日で全て対処したり
前の住まいの引渡しから実費明細が届くまで1ヶ月以上も掛かったり…
まあ結構あったけども、10月半ばくらいには落ち着くことができたかな。

(9月は木曜日が休みだったこともかなり大きかったと思う。)

そして、1ヵ月半春日井に住んでみた印象としては、夜遅くまでやっているスーパーがいくつもあって、
食料品を買うのには全く困らない。思っていたほど道路が真っ暗でもないし。
ただ、「車社会」の空気に当てられたというか、少し専門的なお店…
カジュアル衣料やレンタル店、ホームセンターなんかに行くにはどうしても車が必要な感じ。
(あと市役所図書館行くのにも。)

どうにかこの勢いで車購入、となれば良いんだが。。。
posted by shunsuke at 20:59| 愛知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月23日

神奈川二日目。 そして名古屋へと

二日目といっても体感的には1日目だったわけだけど…

朝八時過ぎまで家に滞在してから、IKEAへと。
途中で第三京浜「京浜川崎IC」のムチャクチャな構造を嫁サンに見せてニンマリしつつ、
体感的には1時間くらいかな〜と思っていたら、あっという間に着いてしまった。
駐車場は8時代でも開いていたようなので、店内入り口前の一番近くに車を置いた。

後で知ったことなんだけど、この日は「IKEA港北5周年」とかの日で、
平日にも関わらず先着何名までモーニングセット無料だったり、ミートボールが安かったり
当然家具も…といった感じで、いわゆる優待のど真ん中に行ったことになる。
当然、人の入りも平日であると感じさせないほど、とても混雑していた。
朝イチに行かなかったら入場待ちとか駐車場ジプシーになっていたかも分からない。

客層はとにかく主婦!ベビーカーを含めた主婦が全般的に物凄く多くて、
ごくまれにカップルが居るくらい。港北はいわゆる「若夫婦向けの丘陵地新興住宅街」な
わけだけど、まさかここまで主婦が多いとは思わなかった。恐らく専業主婦も多いだろうなぁ、と。
この時勢に共働きを回避できるくらい、港北地区の家が裕福なのか、どうなのか…
まあ、都内に通うのは大変な場所なので、旦那さんは皆苦労しているだろうな、とも。

夕飯を両親と一緒に採る約束をしていたので、この日は朝10時〜16時くらいまで滞在したように思う。
フロアランプや食器類、マットなどのこまごましたものばかりで、結局
食器棚などの大物を買うほどの勇気は二人とも無かった;; というか、
リビングに物が配置されないと、どのような収納が必要かも分からんからなぁ、と。

で、家に帰ってきて一旦IKEAの荷物を実家に置いてから、親父おふくろを伴ってすし屋に。
震災のときのことや、親父がそれの復興に携わるために嘱託で東北に行くこと、
こちらの新居のことなんかを話せたけど…何より嬉しかったのは
「親父の糖尿病が誤診だった」事。それと、両親の接点のなさをずっと心配していた長男だけに、
こうやって2人揃って来てくれるのは、それだけで心安らぐものがあった。
運転も若干誉めてもらえたし。息子冥利に尽きるというか、長旅の疲れも吹き飛ぶようだったなぁ、と。

家に帰ってきて荷物を積み込んで、自宅へと向かった。帰りは東名高速を使っていったのだけど、
前の車が辛うじて見えるくらいの大雨が降っていて、運転はとても疲れた。
そして、実家に荷物を下ろしてからレンタカー屋に向かい、自転車を組み立ててそこから帰ってきた頃には
夜中の3時を回っていたように思う。我ながら、それだけの時間をよく起きていたなと思う。
走行距離は885kmだった。
posted by shunsuke at 09:24| 愛知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月17日

弾丸ツアー@神奈川

木曜の夜から嫁サンの実家と自分の実家を車で巡って帰ってきた。

連日の引っ越し準備の中、嫁サンが先週「IKEA」の350円のカタログなんざを買ってきた。
「通販でも買える」「名古屋地区には実店舗が皆無」などの話をしているうちに、
「引っ越し前の景気付け」「IKEA」「随分帰っていない実家」を嫁サンの1日の休みで
全て制覇してしまおうか、といった感じで、実家帰省決定。
まさに「思いつき」が原動力といったところ。

木曜夜に会社帰りにレンタカーを借りて、一旦家に向かう。その日の昼くらいに
嫁サンの実家である中津川に寄るかどうか」ってな話をしていて、
お母さんの許可も下りたので、これまた急な決定だけど、東京向かう途中で中津川経由に決定。
色々仕度をして夜8時40分くらいに出発。

10時に中津川に到着。新居での来客用の布団セットを受け取り、トランクに搭載。
本当はここでシャワーなんかを浴びようと思っていたけど、滞在長くなると
深夜運転がしんどくなるだろう、ということで、予め自宅で浴びておいた。20分くらいの滞在で出発。

そこからはひたすら中央高速を一直線。中津川〜諏訪湖の区間は初の運転。
警戒していた区間内車線変更禁止の恵那山トンネルや、そこからの南信地方の
カーブやアップダウンなんかはそこまででもなく、逆に八王子も目前である、
相模湖・上野原辺りが運転しにくかったように感じたな。暗かったし。

SAで時間を調整しつつ、調布で下りてR20東府中のドンキホーテへ。
いやぁ、久々のドンキだったけど、特に電化製品が凄かったように感じたな。あとティファール。
今考えるとここでPC用のスピーカーも見ておけば良かったな、と。

R246-府中街道の交差点にあるガストで朝食を採り、朝7時には実家に着き、
IKEAの開店時間近くまでここで仮眠…のつもりだったけど、シャワー浴びたり
お袋と話したりで結局全く眠れなかった。まあ、話し相手が居るとそうなるよなぁ、と。
posted by shunsuke at 09:15| 愛知 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月31日

岡崎登城

と、その前の7月に京都にも行ったのだけど、
無茶苦茶暑かった上に回るところが非常に多くて、なかなか日記に書けなかったかも。
とりあえず、幼馴染とランチできて、親族と和食食べて、抹茶パフェを食べて…
うーん、余裕ができたらまとめたいものだが。。。

CA390252.JPG
2日間じゃ全然回りきれなかったので、11月に再度リベンジ☆
次はぜひ千本鳥居か醍醐寺に行きたいなと。


CA390263.JPG

昨日は珍しくヨメさんと休みが合ったので、とりあえずレンタカーだけ予約しておいて…
「電車で行きづらいところにしよう」ということで、岡崎城公園に行ってきた。
R1名古屋側から「バス駐車場は右折侵入できますが、乗用車はぐるっと回ってきて」
という道路標識に従って、中心部を一周したのちに侵入したら…
バス駐車場のはずの場所に乗用車も多数とまってて、若干「なんだかなぁ」という気分であった。

しかしながら、岡崎公園は無料で入れる上、かなり見所が多かった。
まず「三河武士のやかた家康館」は館内それほど広くは無かったけど、
映像があり、パネルがあり、鎧のレプリカもあり、何より、
関ヶ原のコーナーは、屏風みたいにギザギザになった大型液晶と、その横に2台の液晶、
可動式のジオラマにて、映像、音声、ジオラマ(の、動きとLEDライト)などで
武将の配置が非常によく分かった。アレはかなりお金掛かったんじゃないか、と。

そして、館を出たらちょうど「グレート家康公『葵』武将隊」が演武をやっていたので
しばし観賞。名古屋城のソレより観客との距離がかなり近かったな。
武将隊といえば、元気な若者集団というイメージがあるけど、ここの家康は大ベテラン。
しかもそれがかなり身軽というか、動きま無茶苦茶凄かったように思う。
あんまり見入ってて写真が撮れなかったくらい。笑

そして、岡崎城の展望台に登ったり、展示を見たりで突如降ってきた大雨を凌ぐ。
全体的には、真面目な展示と今風の武将隊が融合して、かなり見所が多かったなぁ、と。
それともう1点、展示物を回る際、大抵子供連れと一緒だったりするんだけど、
ここに来ていた小学生くらいの子供の歴史知識がどれも深くてびっくりした。
今は望んだ情報がすぐに手に入るということなのだろうか、と。
posted by shunsuke at 19:29| 愛知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月09日

ワールドカフェ形式での議論と軽い恋愛論

GW最終日は、貸し会議室のような場所でディスカッションイベント?に参加してきた。
面白かったのは、テーマが「恋と恋愛」に関わることであったこと。以前名古屋で参加した
テレビカメラの前でのディスカッション?のようなものは、題材が若干社会問題に被ることだったので、
どうも感情的というか、批評的と言うか、こう、あまり穏やかな雰囲気にはならなかったので、
その点今回はのびのびと発言できたように思う。

自分をリセットして、大勢の参加者の中の1人として、新鮮な気分になれる今回のような場は
とてもありがたいなぁ、と。



今回の議論にはスタート地点があって、それに関連したテーマをラウンド毎に与えられた。
それについて各テーブルでわいわい話し、最終的にはテーブル単位でのアウトプット、であったのだけど、
そのスタート以前の疑問点や、そこから考えられる問題に関しては、やっぱり脱線になると思うので、
自分からは発言しなかったなぁ。テーブルでまとめ役のホストに任命されてたし。。

恋は外食、恋愛は手料理に例えられるようなもので、
どちらが良い悪いってのは個人次第だろうってのが、今ざっと思い浮かんだ感想だけど。


しかしながら「個人の恋愛適正」は「カースト制度」に当てはめられるのかどうか、という軽い疑問が残っていたり。
そりゃ、特に男は自分からキッカケを作っていかないと、なかなか上手くはいかないものだとは思っているけど…

「前向きで、積極的で、自分を磨くことに余念がなく、機会を自分からたくさん作っていける人」と
「恋愛の成功者」っていうのが、すんなりとイコールで結べるのだろうか、と。
自分としては、階層構造、優位性を見出すことから離れた、他の視点はないものかと少し思う。

ぱっと思いつくのは「内面の共有」「オンリーワンの空気をどれだけ作れるか」辺りかなぁ。
上で書いたような料理の話じゃないけど、付き合いの浅いうちは、いくらでも自分自身のことやモノの見方を飾れるわけで、
気遣いや、照れ隠しなどを省いた、なかなか表に出せないことを共有しあうって、恋愛の醍醐味なのではないかな。
それと「その人」との間にどれだけ他で替えの効かない要素を見出せるか。
深い内面の話だって、例えば色々な人に同じ程度話してしまっているのでは、
仲の良さとは無関係だろうと思うし…

趣味や仕事の共通点などはキッカケの1つで、そういったものを取っ掛かりにして
上の2つをより深く掘り下げられる相手とであれば…自然に仲良くなるんでないのかな、と。
posted by shunsuke at 19:49| 愛知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2度目のファシリテーターを務めるの巻

先日は、読書会においてファシリテーターを勤めてきた。
実は4月に行われた会において、「やってみませんか」というお声掛けを頂いて、
「次回立候補します」という返信を行ってしまったので、
自分で宣言したことを曲げることは出来なかった、と。

課題となったのはヘミングウェイ短編集。正直かなりの曲者だったように思う。
「ヘミングウェイー老人の海」の組み合わせを授業で習うくらいの「THE・文学」で
さぞかし幻想的で、夢のあるお話なんだろうと勝手に想像していたけど…
実際読んでいくうちに、その先入観とのギャップを深く感じた。というか、
いつもに比べて読むのにえらく時間が掛かったように思う。

短編の中には登場人物の表層的な「行動」を描く描写が非常に多い。
「○○が○○を行った。次は××を行った その次は…」といった要領で
その行動の解釈は、かなり読者に委ねられていたのではないか。
そして、「われらの時代」ではわざわざ幕間に現実の実際に起きていた戦争の
若干物騒な要素が挿入されており、幻想的な作品とは別の方向を向いているように感じた。
一度目に読んだときは、本当に意味が理解できなかったなぁ、と。

当初は、世界的な評価とこの作品群とがどうも結びつかないと感じていたかも。

なので、本番までに「老人と海」と前田一平の「若きヘミングウェイ―生と性の模索 」
そして、「TIME」誌のヘミングウェイ特集(コレは鶴舞のカフェで偶然目にした)とを
読んで、自分なりのヘミングウェイ像を見出しておこうということに。

そうして臨んだ本番でもやはり、「読み進めるのがキツかった」「読みにくかった」という
意見が非常に多く、ファシリテーターとしてはなかなか苦しかった。
作品批判ではなく、その中でも読みやすかった短編は何か、という方向に持っていったつもりだけど…
とりあえず、ヘミングウェイの興味関心と強く結びついた、「釣り・闘牛・ボクシング」の話は
とても臨場感があって、一気に読めたという見解はほぼ一致。

上で挙がった作品以外には人の生死、別離、傷、戦争のトラウマ・不眠症などを題材にしたものが多く、
なおかつ、「克服」や「前向きな答え」などが示されていないという特徴があるので、
読むのもなかなかしんどかったなぁ、と。


このような作風と、イメージしていたヘミングウェイ像とのギャップはどこで生じたものなのかとても気になった。
もしかしたら、複数の作品に登場する「ニック・アダムス」などのヘミングウェイの分身が関わっていることはないか、と。

作者の分身が主人公の作品は、主人公が、「故郷にはまるで存在しなかったような」アウトサイダーと出会い、
戸惑ったり、翻弄されたりするのだけど、主人公側からは決して擦り寄る様子が無い点も共通していて
それらが「現実的で、ドロドロしたり諦めを感じさせる題材」と「作者イメージ」とを
切り離す作用になっていやしないか、と。

読書会の直後にブンミおじさんの森というタイの幻想的な映画を観たのだけど
コレもとにかく、必要最低限の会話で進んでいるような感じというか
作中で細かい説明がなされない映画で、画面や登場人物の行動などから視聴者が読み取り、考えることを
非常に求められるように感じたのだけど、何だろう、ヘミングウェイと似てる部分を感じた。


こういった、水上に浮かんだ氷山の一部だけを示す作品、というのは大抵「キャッチーでは無い」もので
作者の「理解してみろ」という崇高な姿勢が浮かび上がってくるかのようで…
反発したくなるけど、何度も繰り返し触れていると面白くなるってのもあるよなぁ、と。
ボールを受け取るのが容易な娯楽作品も良いけどたまにこういう曲球も悪くない。
…気持ちや時間に余裕のあるGWだから受け取れたのかもしれんけど。笑
posted by shunsuke at 04:39| 愛知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月27日

メインPCが壊れた日、の巻。

日曜日、いつものようにPCを立ち上げようとしたら、ディスプレイが応答しない。

USBを全て抜いてみたり、数時間電源を抜きっぱなしにしてみたり、
ホコリを取り除いてみたりしたけど、やっぱり同じ。
(メモリの抜き差しもやろうとしたのだけど、HDDもメモリもCDドライブの真下にあって、
全て取り外さないといじれなさそうだったので、それはやってない)
ノートパソコンを引っ張り出してきて、ディスプレイに接続したら表示されたので、
ディスプレイとケーブルの異常では無さそう。

こういうときの為に延長保証サービスにも加入していたのだが…
既に去年で切れてしまっていて、まあ、お金払っただけというか、お手上げである。
電話サポートは「平日の9時〜17時のみ」って、有休でも取らなきゃ無理だろって感じで。

余計なソフトウェアがあまり入っていないという点で、
HPの奴を続けて使っているのだけど、ある日突然故障する、ってのが
割と多いように思う。

実家で使ってた奴は、突然LANケーブルを認識しなくなって、
USBにLANケーブルを挿せる機器を購入する羽目になったし、
このたび故障したメインマシンも、元々は親父が使っていた奴で、
実費で修理する&実家に置いてきたディスプレイを譲り渡し、換えの新品PCを配送するという条件だったのだけど、
その故障というのが「予兆なしに壊れて、結局マザーボードが壊れていた」というもので、

そういえば、しばらく使っているうちに本体から音が出なくなって、
ヘッドホンの差込口と、嫁サンのミニコンポのAUX端子口を接続して
スピーカーから無理やり音を出させてた、ってな状態だったんだし、
数年前のハイスペックモデルではあるけど、本体が応答しているうちに買い換えるべきだったのかとも。

人より使い方が極端に悪いとか、荒いとか、そういう風ではないことを信じたいが。


結局、1年ほど使っていなかったノートPCを持ち出して、
メインで使用する為に色々とやっていたら一日終わってしまった。

無線ルーターを引っ張り出してきて、ケーブルテレビのルーターとの間に噛ませて、
プリンタの動作確認、各種ソフトのアップデート、不要ソフトの削除
さすがに2005年のマシンだけあって、複数のことを同時にやろうとすると
すぐにファンが回ったりするけど、まあ今のところはこれで凌いでみるかな、と。

このところ、DVDだ動画だをPCで観る時間が凄く長くなっていたし、
不自由なノートパソコンのみの環境になることによって、
ある程度ライフスタイルの健全化を目指せれば良いかな、と。
posted by shunsuke at 23:36| 愛知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月06日

自転車de浜松

2月は立て続けに仕事で車を使って浜松に行ったわけだけど、
その際「片道100キロ足らず」という事実を改めて実感したので、
(渋滞区間を除けば、実際に運転している時間ってそう長くないな、と)
よし、浜名湖イベントの前に自走で浜松に行って見るかと一念発起して、早速自転車で行って来た。

http://latlonglab.yahoo.co.jp/route/watch?id=8f42579809b9c8ceb29b7ff942625940
CA390182.JPG
今日の遅い昼飯。小エビのかきあげ蕎麦

CA390183.JPGCA390185001.JPG
浜松駅前。再開発の真っ最中のようで…5年前に来たときはいかにも工事中、な二階の改札から入ったもんなのになぁ。

想定したルートは3つ
1 東海道線沿いルート トラブルの際、いつでも電車に積み込めるのが強み。信号が多いことは予想される

2 豊田→新城→三ケ日の山越えルート 信号が少ないことが予想されるが、鉄道が並走していない為、チェーンが切れたりしたらどうなるか予想が出来ない

3 豊橋まで輪行 往復の電車賃が掛かってしまう上に、走行距離がさほどでもないかもしれない。

ロードバイクにとって、「信号が少ない」というのは何よりも大きいので、
トラブルの不安はあれど、今回は2のルートを使ってみた。

蓋を開けてみると…標高差は中津川行くときほどじゃないし、ダムやトンネルなどは無かったけど、
なかなかしんどいルートだった。
名古屋から豊田市に向かうのは、まあ問題が無かったけど、そこからの国道301号。
かの松平氏発祥の松平郷などを横目に、こう、キツ目の登り坂がずっと続く。
新城市に入ったかと思ったら、そこからは急激な下り。ヘアピンカーブの連続で
断崖絶壁を無理に下って行くような感じかな。しかもこの区間、
何かモヤが掛かっていると思ったらどうやら「花粉」だったようで、
危険な下りとのダブルパンチでここも相当大変だった。
下りきったところで薬局に立ち寄ってしまったし。
無論、今度の浜名湖イベントでも、ティッシュ、ハンカチと目薬は持参しようかと。

新城からみかんで有名な三ケ日まではまあ若干の登り坂だったけど、
浜名湖が見えてから浜松駅までが30キロくらいあり、思った以上に遠かった。
この区間になると昼の1時を回っており、風が出てくるわ、空は曇ってきて寒いわ、
その上、沿道にはうなぎの高価そうなお店ばかりで、昼飯を食べるタイミングも逃した。
それより何より土地勘が無いわけで、「あと何回上り下りをすればいいか」が見えない状態で
走っていくのは、それまでの疲れの蓄積と相まって、限界に近付いていたかもしれん。

いつも仕事で下りる「浜松西IC」から、浜松駅ってこんなにも距離があるんやね、と。

無事に浜松駅に到着した頃には大分寒くなっていたので、
自転車をばらしてとっとと帰りの電車に乗り込む。
今回一番衝撃だったのは、この半日掛けた行程が新幹線だと「わずか30分である」ということかなぁ。
30分じゃ浜松駅から、浜名湖畔まで到着できるかも分からないし。
posted by shunsuke at 20:44| 愛知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月12日

初伊勢と鳥羽水族館。

いつの間にか2010年が終わって2011年が始まっていた。

年末年始の休みが元日しか合わない我が家。2009年末は年末に神戸に行ったけども…
今年は伊勢志摩にてパワースポット巡りをすることに。
ことに三重に関しては、父方のご先祖様と密接に関わっているのに
今まで長島にしか行ったことが無かったからなぁ。。。というか
織田信長関連の物語では、伊勢の制圧があっという間すぎたのか、スルーされがちなような。。。

ネットで予め情報を調べていると「朝9時半以降は伊勢神宮付近のICでは下りられません
数箇所先のICからシャトルバスです」との事。ヨメさんはバスが本当に嫌いな人なので…
二人でしばし話し合った結果、初詣でもないのに「前日入り」することに決定。

実際の距離が140キロくらい?で大したことなかったので夜中のドライブも楽しかったが、
アップダウンに急カーブ、大型車に分岐の連続と、路面が悪いとか気候が悪いとかじゃなく
単純に道の構造がどうにかならなかったんだろうか、と思った。渋滞するのがよく分かる。

車を止めてエンジン切って、明け方まで車の中で過ごす。
冬場の夜明かしに備えて幾重もの重ね着&車中に羽根布団を持ち込んだんだが、
それでも寒かった。若干周りが明るくなってきた所で出発。
伊勢といえば赤福なわけだが、公式サイトの「本店営業朝5:00〜」というのを見て
誤植か何かかと思っていたら、本当に朝早くから営業していたからびっくり。

CIMG1498_R.JPGCIMG1499_R.JPG
参拝を終えて、おかげ横丁で赤福、赤福ぜんざい、コロッケなどを頂く。
伊勢神宮を出発したのは朝の9時くらいだったかな。
とにかく風情があったので、年末年始じゃない時期の昼間にまた来たいと思った。

CIMG1501_R.JPG
その後、二見浦にて有名な夫婦岩を見てから、鳥羽入り。

初めて入る鳥羽水族館は…館内がとても広く、昼過ぎに入ったこともあって、
全ての水槽を十分に見て回ることは出来なかった。前情報によれば
ジュゴンやラッコ、スナメリ(砂滑という字を当てる日本名だとは知らなかった)が見所だということであったが…

蓋を開けてみると、この日見たショーはアシカにセイウチ、餌やりに遭遇したのは
アシカ、セイウチに加えてトドと、何だか海獣類尽くしであった。

とにかく、海獣類の水槽が物凄く力が入っていた。
B1-1F(水中と水上が見れる)-2Fと、3層で観覧できるようになっており、
体重が1トン近く、一日に25キロもの魚を食べるというトドの迫力ある地上移動の様や、
(途中興奮したのか、他の固体に突き進んでいこうとする場面があって、アレに外で遭遇したら恐怖だろうな、とも思ったり)

2階の高さからプールに次々と飛び込むアザラシが凄く可愛かった。

CIMG1513_R.JPGCIMG1518_R.JPG
ショーに夢中で全然写真が撮れていなかった。

CIMG1521_R.JPG
そして、水族館なのになぜか居るカピバラ。後で知ったことだが、昨年末に水槽が完成したばかりだったとか。
この日は泳ぐ姿を見ることが出来ずに残念。

連休初日だっていうのに、そこまで人でごった返すような感じではなく、
ノンビリ回れたのも凄く良かったかな。全体通して子供連れで溢れかえっており、
水槽前には携帯カメラを構えた子供がズラッと並んでいたのが印象的な
池袋サンシャインとかに比べると、子供連れの割合は思ったより少なかったように思う。
皆スペイン村の方に行っているのだろうか、って。
posted by shunsuke at 20:05| 愛知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月16日

弟についての話。

ここ最近ずっと参加しているものとして「読書会」の他にもう1つ「映画会」がある。
今回は劇場公開映画「リトル・ランボーズ」についてだった。

この映画の中で、兄弟関係を描いたシーンがあって、途中から涙が止まらなかったわけだけど、
映画について語る一次会、お酒をしこたま飲む二次会にて、
自分でもびっくりするくらい、自分の弟についての話がスラスラ出てくることに驚いた。
古くからの知り合いがほとんど居ない名古屋に来て以来、というか
その前から久しくそんな、家庭に関する話はしていなかったのに、だ。
むしろ、ずっと心の中に溜まっていたものが、映画を契機に表に出されたのかもしれないな、とも。

80年生まれの自分には、その4年後に生まれた弟が居る。
我が家は父親がほぼ単身赴任のような出張の連続で、ほぼ母子家庭状態で育ったわけだけど…
母親の干渉を受けて育った自分と比べると、弟はのびのび育ったんではないかと思う。

幼稚園の頃から毎年行かされていた(アレはとてもいい経験だったとは思っているが)
顔も知らない児童らと寝食を共にするキャンプだスキーだに弟は一度も参加しなかったし、
小学校4年生と、中学入学直前に経験した引っ越しは、人生の中で様々なことを考える
キッカケになったような出来事だったわけだけど、弟はまだ小さかったからなのか、
兄より割とフランクな性格だったのか、(少なくとも当時の自分には)
そこまで悩んだような印象は受けなかったしな…。

習い事については兄弟同じところで、高校も塾も同じところだったわけだけど、
ツボにはまった自分と異なり、どうもしっくりこないことが多かったみたいだった。
曰く「あそこは頭でっかちな奴ばかりで居心地が悪い」だの「小ずるい兄貴とは違う」だの、
特に思春期の頃は「父親面するな」ってよく言われたもんだ。

数年前くらいから日本にずっと居る「家庭に居る時間があまりにも短かった」父親と、
「元気に育ってくれていればいい」という母親と異なり、自分は割と口を出していたように思えるんだけど、
弟にしてみればどうだろう、うざったかったのかなぁ、という風に思う。

そんな感じにストレートに物事を明かしあえない兄弟であったわけだけど、
映画内で弟が、追い詰められた状況で初めて兄に対する感情を吐露する場面から
涙が止まらなかったのは、シンクロするものがあったのか、それとも
自分が成し得なかった理想の姿をそこに見たのかは分からない。

離れてみて初めて分かる実家のありがたみ、っていうのはモロにあることを知ったわけだけど、
どうもこう、実家を離れてから家族という物について考えることが増えたように思う。
後悔する前にもっと行動していかなきゃいけないな、と。
posted by shunsuke at 04:22| 愛知 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月05日

ファシリテーターを務める、の巻

今年入ったくらいから、「読書会」なるものに参加し続けている。
形式をざっと説明すると、数十人の参加者がだいたい10人未満くらいを目安に
各テーブルへと分かれて、1冊の課題本に関する感想を言い合うというもの。
それらのテーブルには1人づつ、進行役としての「ファシリテーター」が配置される。

(読書会自体には、会社の先輩が居たり、その先輩の超近所の、ミョーに話しやすい人が居たり、
実家に住んでいた大学生の頃に知り合った友人が「古株」だったりとなかなかのカオスっぷり。笑)

今回はこの俺に対してなんと「ファシリやってみませんか」というお誘いが。
何事も、やってみないと分からないということで、二つ返事で「やります」送信。
そこからの1週間が、とても密度が高かったように思う…。

今回の課題本は太宰治「ヴィヨンの妻」


まずはヨメさんと一緒に去年浅野忠信と松たか子で実写化された映画を視聴
そして上のほうにカッコで書いた人らに、課題本についてとファシリについて相談w
参考文献として「人間失格」「斜陽」「太宰治の女たち」「太宰治 弱さを演じるということ」
「女が読む太宰治」「津軽に関する本(名前失念)」などを読んだ。

これほど力を入れることってめったに無いと思うけど、やはりファシリを任されたのと
いつだったか、読書会ではない集まりだったかもだけど、インターネットの書評中心で関連情報を集めたときに
自分と同一ソースの匂いを複数の参加者から感じてしまった瞬間があって、
「インターネットをメインに据える」のに対する、軽い抵抗感があったのも作用しているのかもしれない。

そうしてドキドキのままで迎えた当日…事前のミーティング、注意事項の確認を経て、いざ本番。
いやぁ〜、結構思った通りには進まないことと、それでも場の盛り上がりは生まれるものだなぁと。
テーブルの面々が初参加とかではなく、自分と同じように何度も参加している人のみで構成されていることに
どんだけ救われたか分からない(笑)

場を牽引する「リーダー」という役割ではないという点から、なるだけ平等に並行に
会話のリレーを続けていくような意図を持っていたのだけど、やはりというか、
いつものノリで随分話してしまったな、と。

ただ、事前に考えていたことの一つである「作中の男性に対するイライラ発散大会にはしたくない」っていうのは
ある程度達成できたかと思う。「こういう風に、よせばいいのにっていう男性と付き合ってしまう友達とか、居ますよねぇ」には
共感を覚えると同時に、男性としてはちょっとドキっとしたのは秘密。

尺余りもせず、足りないこともなしにキッチリ1時間45分で終了できたし、
いつもと別の視点で会に参加してみるのも面白いと思った。ただ、
ひとたび引き受けてしまうと、生活がソレ一色に染まってしまうタイプなので、
毎回っていうのは無理だろうなぁとも思うww

ちなみに、お声を掛けて頂いた方曰く「とてもリラックスして臨まれて…」ということで、
傍から見たらあんまし緊張しているように見えないのかなぁ、とも。
posted by shunsuke at 08:26| 愛知 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月10日

20代総括。

…なんて書くと、自分が老けたのを実感してしまうが、、、
歴史上に名を残した有名な人物で、20代で亡くなった人はごまんと居るからなぁ。
あまりに早い時の流れを意識する一方で、この10年何をやっていたかな、と。

正直、大学時代は他の学生と同じように青春を謳歌したとは言えないと思う。
単位取得もサークルもイマイチ上手く行かなかったし、必須科目の数々(特に語学、民法、商法系)よりも
社会学だとか心理学だとか倫理学ばかりに熱心だったしな…しまいには、
大学を卒業するのが同窓より1年遅く、「同士」数人での侘しい卒業式だったもんなぁ。
この点、商業高校でクラス替え無し→女子短で密度の濃いキャンパスライフ&友人関係を築いてきた
ヨメさんとは天と地ほどの違いがあるなぁと。

その間バイトはコンビニのオープニングスタッフに、服屋に、ゲーセン店員に
催事場専門の裏方などなど…もしかしたら対人スキルや、我慢強さみたいなものは
バイト経験で培われたのかもしれない。

その中の、服屋経験を活かして飛び込もうと思ったのが糸ヘン、繊維業界だった。
いかに世相が変わっても、衣食住の柱は揺るがないだろうと思ったし、
服を通して周囲とコミュニケーション取りたいなとも。…門戸が狭くてかなり苦労した。
中に入ってからも、一筋縄ではいかなかったわけだけど…恐らく、
先の見えないような雑務の数々や、アウェーな出来事も、若かったから乗り切れたんだと思う。
「あの状態」のままで変わらず歳を重ねていったとしたら、キツかっただろうなと。
カラダに替えはきかないってことも、周りや取引先の人を見ていてよ〜く分かったし。

今もその時の想いが残っているというか、今の自分に深く影響を与えているであろう出来事は
なんといっても辞める半年かそこら前の人事異動命令かな。

こうやって言葉にするのもなんだか恥ずかしいのだけど、実は新卒で入社して
最初の泊まり出張先が、他でもない今住んでいる名古屋だったりする。
とあるお店の退店業務を先輩と行って、その夜には地域のスタッフが集結して浴びるほどお酒を飲んだ、と。
大体30人以上は居たと思う。実はその場に当時22歳かそこらのヨメさんも居合わせていたという。
お店の名前や店長の名前を覚えるだけで必死だった自分には、当時の嫁サンと話すようなこともなく。

ちょうど今月の頭くらいにその頃の話で盛り上がったのだけど、
「あの時もしたくさん話していたりしたら、その後は無かったかも分からないね」と。
人生、とりわけ人の縁とは誠に不思議なものであると実感。あの夜二次会のカラオケで
自分と一緒にクルクル回ってたスタッフの人らは、とっくに人の親になっているとか。笑

新卒で入社してから4年半ほど経って、ドラゴンズ優勝セールで出張した際に
名古屋に数日滞在することになって、嫁サンや店長、地域の人らと親しくなって
そのまま気付いたら実家を後にして名古屋に住んで、結婚式まで済ませていたという。

自分は何かと、ツボにはまるまでが時間の掛かる、面倒な人物だと思っているが、
それでもここまで何とかやってこれたのは、周りの存在に助けてもらえたからだと思ってる。
使い古された言い回しかもしれないけど、自分が社会の中枢といえる年代に進むこれからは
自分自身が助けられた「存在」のようになれれば良いかなと。

新卒直後に見た30歳の背中って、もっと大きいものだったと思うし。。。
いつになったら近づけるのやら、だ。
posted by shunsuke at 22:29| 愛知 ☀| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月05日

栄の夜。

昨日は仕事帰りに栄へと行ってきた。目当ては「ガス展」と、新しく出来た「洋服の青山」
ロードサイドに並んでいるような、所謂クラシックな「紳士服」店各社が
若者でも買えるような2プライスショップ(ブランド?)も持っているというのは
事実だとは思うけど…前者には、どうもサイズが合わない気がして今まであまり利用していなかった。
肩幅に合わせるとどうもゆとりが出来てしまうのが多いというか、何だろう、
スーツの買い方を弁えていないだけなのかもしれんが。笑

このデフレのご時勢に繁華街のど真ん中に新規出店ということで、興味があったのだけど、
いざ入ってみると…かなり活気があった。目玉価格の商品と一緒に、割といい値段のブランド物もあり、
虎の子のスーツは定価がかなりイイ値段のものが目に付いたし…何だろう、ユニクロと一緒で
単純に「量販店」と括れない品揃えをしているなぁ、と。

そうこうしている間に嫁サンの仕事が終わったので、ナディアパーク近くのお好み焼き屋に。
最近は一緒に食事をするといっても、ラーメン屋やファミレスが多くて、
こういう、深夜まで活気のあるお店に行くことってなかなか無かったのだけど…
周囲の雰囲気が後押ししたのか、共通の知人の話題で凄く盛り上がった。

俺が出張でたま〜に名古屋に来ていた時に出会った人が、嫁サンにとっては
同じ現場で働いたことがあったり、はたまた同期だったり…
男と女の見方の違いなのか、何なのか、「その人についての印象」がまるで違うのには笑った。
最近まったく意識をしていなかったのだけど、実は共通の知り合い多いんだなぁ、と。

俺が仕事辞めたとき、結婚するってなったというとき、
「あの店長はあんなこと言ってたよ」的な話とか。ありがたいお話であるな、と。
フラッと顔出してみるのも面白いかもなぁ、と思った。福岡とか。

そして、ヴィレッジバンガードでニッチな本を物色して、帰宅。
家に到着した頃には11時半になっていたなぁ。
posted by shunsuke at 06:42| 愛知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする