2015年12月15日

SNSとの話。

先日、みんなで話す為に「燃えよ剣」を頭から読み返していて…
毎度毎度(読み手の状況が異なるからか)印象に残る場面が異なるのだけど、
今回は下巻で、江戸から追い出されるように出兵を迫られ、這う這うの体で甲府から逃げ帰ってきて、
江戸の貧乏道場に居た頃からの同士である、原田、永倉と袂を分かち、
「歳、またおれとお前に戻ったな」が結構来たなと。笑

ふと自分の生活が「SNS」にどっぷり漬かっていることを感じた。
良いことも悪いことも、すぐに発信して友人に届ける。その逆も然り。
自分が会社や育児のアレコレと適度な距離を保って、バランスを保っていられることに
SNSが果たしている役割は結構あると思う。

冒頭に挙げたのは大阪からの敗走、甲府での敗走を経て「元の木阿弥の近藤、土方」に戻った場面だけど、
もし今SNSがなくなって「元の木阿弥」となったとしたら…残るものがあるのかな、
その後も上手くやれていけるのかな、と。

SNSサービスは基本無料だし、放置状態になっている友人も沢山居るのだけど、
流れにまかせるだけでなく、自らケリを付ける…という勇気も必要なのかなと思う。

「携帯構う」って行為自体、ヨメさんの心にイライラを蓄積させていっていると思うし、
SNSでの自分や、それによって助けられている自分が、「自然」な状態なのかとも。


ただ、そう感じる一方で、今まで自分ひとりですぐに決めたことの中には、
決定を進めることに躍起になって、色んなことを掬えずに、こう、こぼしていったことも沢山ある。
特にプライベートの、友人が関わることに関しては、じっくり考えていった方が良いと
自分の体験が告げているんだよなぁ…とも。
posted by shunsuke at 06:00| 愛知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月14日

公園巡りの話。

近頃は、上の子による下の子への攻撃動作が目立つ。
やっぱり子供なりにジェラシーを感じているのかと思うと同時に、一層目が離せなかったりする。
「お母さんが下の子の世話をしている瞬間」が、「上の子をほったらかしにしている」状況を生むのは、
まあ、しょうがない面もあるわけで。。。

んで、この構図は夜中にもあって、下の子が夜泣きをして、ソレに対応していると
上の子が起きて、しばらく寝られなくなる、なんていう状況があって、
睡眠が削られるのは、「目を離せない」のと同様か、それ以上に厳しい。
それらを一度に解消する方法の一つとして、「休日の公園巡り」があると。
コレによって、ヨメさんは下の子に専念できるし、上の子がたくさん体を動かすことで、
夕食も進むし、ぐっすり寝てくれると。

(まあ、これによって自分の時間は取れないし、娯楽、楽しいことばかりではなく、
「なかなか気乗りがしない」ことに時間を使うということが、ちっとも出来ていないのは
それはそれでまずいとは思うけれど。。。)

もうずいぶん公園巡りを続けているような気がするけど、3歳目前の今、色々変わってきたように思う。
まず、安心して見られるようになったのが大きいかな。後ろに貼り付いていなくても、
危ないところにはある程度対処できるようになってきたし、滑り台などでは順番を守るし、
下から登ってくる無法者が居ても、きちんと登るまで待っていたりする。
(とはいっても、特にハシゴやジャングルジムなどの上下動では気を付けなきゃならんので、リラックスはできないけれど。。。)

そして、以前は新しくて綺麗なコンビ遊具に連れて行けば基本的にオッケーだったのが、
遊び方が立体的になってきて、良くも悪くも思惑違いが増えたなぁ、とも。
木々の色の変化に気づいたり、落ち葉で遊んだり、知らないお姉ちゃんに遊んでもらったりする一方で…
わざわざ遠征して訪れた立派な公園で、早々に「帰る」言い出したり。笑

こっちは体を動かしてほしいのに、歩く場面で早々と抱っこを要求するのは相変わらず。

自転車とかフリスビー、縄跳びとかで、「公園施設に依らない」遊び方を
もっと開拓できれば良いとは思うけれど、まあ、今後どうなるかなと。

「3歳以前の記憶は残らない」というし、自分自身、覚えているのはせいぜい幼稚園の頃からだけど、
こうやって色々考えながら連れ出していることは、子供の心に何かしら残ってくれると良いなぁ。
posted by shunsuke at 05:39| 愛知 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする