2015年05月28日

「批評」と「40歳限界」の話。

先日、ネットの紹介記事を見て「これは」と思い、早速購入した新刊本があるのだけど…
内容、というよりは書き方に関して「思っていたのとは違った」と強く感じた。

読むまでは「現代社会に存在するアレやコレやを、片っ端からスパッと軽快に論じていく」のかと思い、
まさに「モヤモヤが文字として示されて、スッキリする」を楽しみにしていたのだけど、
思っていたよりもこう、ずっと刺々しく、理屈だらけの湿っぽい文章だったなぁ、と。

「批評」という言葉は本来、客観的な立場に立って、良い面悪い面両方を論じることを指すらしいのだけど、
現代では「(仕事を進める上で)批評家になるな」などと、「安全な場所から評価を下す、とりわけ悪く言う」
という風に、ネガティブなニュアンスを含ませられる場面が多いように思うし、この本に関しては
確かに後者を感じるなぁ、と思った。

この本では「悪く書きたい対象」に対しての批判が、執拗に繰り返される点がまずしんどかった。
(本文で批判されている対象と、書き手の側である程度重なると思える部分があるのもまた。。)
本文自体も「テクニック」に溢れていて、これもまた自分には読みづらかったなと。

例えば言い換えとか、引用とか、比喩とか、もしくは「予想される反発」を事前に挙げて(潰して)いたりとか…
これらが「バリエーション豊富な批判」と、「安全な位置(からの批判)」に繋がっていると。
確かに、この、常に過去の厖大な記事や匿名書き込みと比較され続け、
わずかでもおかしい部分があるとコピーされ、検証され、拡散される時世に
ペンネーム付きで文章を書いて、それで対価を得ているだけのことはあると頭では思うんだけど…「うーむ」と..


タイトルの「40歳限界」というのは、「ノリと勢いでなんとかなっていたことが、ある時期を境に通用しなくなる」ということらしく、
「若いころからのコツコツとした積み重ねが大事」ということなのだろうと思う。

地道なトレーニングを大事にしているベテラン選手のインタビュー記事なんかが
ちょっと検索すればすぐに出てくるし、自分が乗っているスポーツ自転車に関しても、
近くを走るならかなりテキトーな乗り方でもなんとかなったりするけど、コレが例えば
130キロ超えくらいになってくると、きちんとしていないと辛いものがあると思うし。



今の時間を「安全な位置を自力で作り出して、ひたすらに批判する」テクニックに目を向けることに使うよりは、
自分が当事者として、ポジティブな気分を沢山味わう、それを周囲に分かりやすく伝えることに使いたいなと。

色々書いたけれども、人は「全く異質のもの、分からないもの」に対してそうそう反発は抱かないだろうし、
冒頭の本の書き手と、自分との間に、文系出身だとか、(そう思いたくはないけど)
まあ何かしら重なる部分があるのだと思う。。。

それもあって「現代社会」に対する「批評」本はコリゴリだなと。
posted by shunsuke at 07:03| 愛知 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする